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金沢の街中の小さな家で、毎日をたのしく、気持ちよく。

物欲がなくなっても、欲望はつきない。

 

地の果てまで探しに行かなくても、

手の届くところに、

美味しいものや楽しいことがたくさんある。

それはしあわせなことだと思う。

 

さらに、ナマケモノみたいに、

手を伸ばせば届く葉っぱを主食にして、

それをおいしいおいしいと食べれば、何も困らない。

 

最小限に働いて、最小限に消費して、

どんどん生活のコストや手間が省かれる。

 

生活に必要なものがひと通りそろえば、

物欲は、どんどんなくなる。

 

 

欲はないのか、と自分に問うてみると

そのなくなったスペースに、別の欲が芽生えている。

 

知らないことを知りたいという欲望。

または、知らないどこかへ行きたいという、旅への欲求。

 

家にいれば、必要なものはボタン一つでやってくるのに、

時間と元気があれば、

まだ知らないものを見てみたい、

思いがけないものに出会いたい、そんな欲望が残っている。

 

物欲も、もとを正せば、そういうことだと思う。

 

新しい生活、新しい自分に

出会えるかもしれないチャンスを、モノで作る。

それで確かに作られるところもあるけれど、

それらはあっけなく日常へと馴染む。

また新しいモノが必要になる。

モノは、儚い。

 

本を読む、絵を描く、映画を見る、

ピアノを弾く、友だちと話す、恋愛をする。

それらも全部、未知との出会いを求めてる。

自分の感情が動くことの、快感を覚えたがっている。

 

 

便利になればなるほど、

不便を楽しみたいという気持ちもある。

わざわざ、手を使う。

頭を使う。

お金は使わない。

 

頭の中が複雑になると、生きることの基本に立ち戻りたくなる。

生きるって大変だーということをわざわざ実感してみたくなる。

それはあくまで生きる術じゃなくて、遊びの範疇で。

時代に逆行してみるのも、ある種の刺激を求めてのことだと思う。

 

そんなことを、夫に話すと

たいがい「暇だねー」と言われる。

 

確かに時間があるから、できること。

けれど、そんなことに日々忙しい、とも言える。

 

退屈を楽しむ猫みたいにな境地には、

きっとならないのではないかと思う。

 

 

・ ・ ・

 

 

家族が帰ってくるまでの、小さなホームシアター。

 

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あんまりリラックスしすぎて、

昨日はハンモックからくるりとひっくり返り

頭をゴチンとやって、目が回った。

 

日常にも、意外なスリルあり。