今日も 晴れて、
朝の気持ちいい光が
部屋の中に入ってくる

陽の角度も だいぶ低くなって、
部屋の奥まで ぼんやり
届くようになってきました

パウルクレーのポスターに書かれた
クレーの 残した言葉

片方の目で見て、
もう 片方の目で感じる
目にするたびに
いい言葉だなぁと思う
もう一つ
好きな言葉があって、
これも いつも目に入る場所にと
玄関にかざってます

“ なるようになる ”
なんくるないさーと
同じ意味ですが・・
なんくるないさの前には
“ まくとぅそーけー ”という
言葉がついてるらしい
「 まくとぅそーけー
( ちゃんとしたことをやっていれば )
なんくるないさー 」
( 自然と、いい方向へ進む )
っていうのが、
本来の 意味なんだと
確かに 何にもしなくても
なんとかなるっていうことは
そんなにはないし、
自分が 何もしなくても
すべて うまく回っていくなら
それはそれで 案外 つまらないもの
なのかもしれないなぁ。。
朝の家事を終えて、
紅茶で ひと休み

サイドボードの上も、
ちょっとだけ 模様替えしました
数日前、古美術のお店で
好きな画家さんの絵が
私の小遣いでも 十分手の出る
価格で 売られていたのを発見し、
これはこれはと ありがたく
買わせていただいた
こうして 眺めていると、
ポスターには ポスターの
原画には 原画の良さが
あるなぁと思う
これから ちゃんと額装して
ぴったりの場所を
見つけようと思ってます^^
こっちは タイトルが
いいな〜と思って、買った本

“ 世界が 問いである時、
答えるのは 私だけ ”
そう言われると、
確かに そうだなぁと思う
神社の中にも、
鏡が 祀られていると言うし
- 価格: 1650 円
- 楽天で詳細を見る
ユーミンの歌詞の通り、
目に映る すべてものは
メッセージなんだろうけれど、
問いかけでも あるんだろうなぁ。。
その問いかけに対して、
自分が 素直に感じたことが
答えなんじゃないかなと思う
その答えも その時々で
常に 変わっていくものだから、
きっと 自問自答の押し問答は
永遠に終わらない 気がしますが。。^^
あとがきには、
こんなことが 書いてありました
言葉は 現実という
氷山の一角に過ぎないと 私は思っています。
言葉は 矛盾を嫌い、
現実を 整理整頓しがちですが、
どんなことでも 一言で
言い切ることは 出来ないはずです。
言葉は いつも出発点で、
そこから 私たちは他者へ、
また 世界へと向かうのです。

午後から 庭へ出て、
毎日 落ちる落ち葉を拾う

毎日 いろんなものを
拾って 集めて 整理して 手放して
頭も体も ずっと同じようなことを
してるような 気がします^^