days

いつもの ごはんと、日々の あれこれ

いつしか 大人になることと、ずっと 子どものままでいること

 

まだ 寒いけれど、

気持ちよく晴れた

 

 

ピンクのチューリップが

ほのぼのとする

 

 

こっちの棚は、

まだ クリスマスの名残り

 

 

今、春のリース教室に

行こうかどうか

迷っているところ。。

 

 

・ ・

 

 

午後、残っていた牛乳で

プリンを作って、

夕方のオヤツに

 

 

湯煎が 熱すぎたのか、

たくさん すが入ってしまった

 

けれど、ちょっと硬めの

プリンも 美味しい

 

 

その後、ぷぅこと散歩へ

 

 

川べりの雪は だいぶ溶けて、

足跡だらけになっていた

 

 

夕日に 照らされた

山も やさしいピンク色

 

 

・ ・ ・

 

 

読んでいた本が

ようやく 読み終わる

 

 

 

 

不思議な話だったけれど、

“ 自分 ”って 一体なんだろうと

読みながら 何度も思った

 

自分が思う自分と

人から見える自分、

それらをどこかで 俯瞰してる自分

 

どれも 自分なんだけれど、

どれかひとつだけだと

薄っぺらく 感じてしまうんだろうな。。

 

 

本の中で、印象に残った言葉

 

子どもは、さまざまな形の器。

たぶん 人間の子どもは、

遺伝というシステムによって、

おおまかな形が決められている。

だから、それぞれの人間は、

少しずつ ことなる形の器となる。

けれど、そのなかみは、まだ注がれていない。

なかみを注がれることを、

子どもたちは、待ち受けているのだ。

 

注がれるものが、

一見 ダメに見えるものだとしても、

それが その器に 必ず悪いというわけではなく、

いかに 素晴らしいものが注がれたとしても、

それがいい結果を生むとは限らない・・と

 

 

小さかった頃は、

周りの大人たちが

いろいろ世話を焼いてくれて、

たくさんのものを注いでもらった

 

確かに、いいものもあれば

そうでないものもあったと思う

 

けれど、そんなことを

決めているのも また自分で、

本当に そうかどうかはわからない

 

ただ、大人になると、

注ぐものは ある程度

自分で決められる

 

というか、

自分以外の 誰も

そこまでのことは もうしなくなる

 

小さかった子どもは

どんどん 大きくなって

だんだん 手が離れていくけれど、

自分のことは そうもいかない

 

ずっと 子どもであり、

親みたいなものなのかも

しれないなぁ。。

 

 

・ ・ ・ 

 

 

昨日の夕ごはん

 

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毎日 こうして、

自分のごはんを作るのも。。

 

 

 

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