days

いつもの ごはんと、日々の あれこれ

人間関係と、頭の中の ごちゃごちゃを整理する

 

昨日、久しぶりに

Yさんの お宅に

おじゃましました

 

 

100年以上経つ

古い 日本家屋

 

 

いろんなところが

ゆったりとして、

とても 贅沢な造りです

 

 

 

金沢の 街中には

まだまだ 古いお家が

残っていますが・・

 

やはり

維持管理が大変で、

前の持ち主さんは

取り壊すことも

考えられたそう。。

 

 

古いものを

残していくには、

受け継いでいく人の

強い意志と

経済力がいるものなぁ。。

 

私には 到底できませんが、

こうして ときどき

おじゃまして、

お家と お庭を

堪能させていただいてます^^

 

 

 

・ ・ 

 

 

お茶をいただきながら、

ここ 最近のことを

いろいろ 話す

 

Yさんとは

今の 世の中の流れについて

感じていることが 近いので、

あまり オブラートに包まず

いろんなことを 話せる

 

話しながら、普段

いろんな人と話すとき、

結構 相手に

気を使ってるのかもなぁ

と 思った

 

お互いに 変な空気を

つくらないために、

あまり 突っ込んだ話を

しないというか。。

 

表面的な 会話しか

しなくなったというか。。

 

何気なく言った 言葉が

相手を 不本意に 傷つけたり

攻撃したりするじゃないかと

妙に 気にするようになった

 

 

また それと 同時に、

人と 自分との 決定的な違いを

感じることも 多くなった

 

 

いろんな 人間関係の中で

上手く 立ち回っていくには

相手に 合わせることも

必要だろうけれど、

それだけに なってしまうと

どうも 苦しい。。

 

 

ときどき 家族以外に

本音で いろいろ

話せる 相手がいるのって、

やっぱり 大事だなと思った

 

 

Yさんとは

違うところも

もちろん あるけれど、

前提に 人は みんな違うものだと

お互いに 思っているところがあるから

もやもやとした 気持ちに

なりにくいんだろうなぁ。。

 

 

 

ちょうど

読んでいた 本の中に、

あった 言葉・・

 

 それぞれの

 心の中にある 書店が

 微妙に 違っているのを、

 若い私たちは 無視して、

 いちずに 前進しようとした。

 

 その 相違が、

 人間のだれもが、

 究極においては

 生きなければならない孤独と

 隣り合わせで、

 人それぞれ 自分自身の孤独を

 確立しないかぎり、

 人生は 始まらないということを、

 すくなくとも 私は、

 ながいこと 理解できないでいた。

 

 若い日に 思い描いた

 コルシア・デイ・セルヴィ書店を

 徐々に 失うことによって、

 私たちは すこしずつ、

 孤独が、かつて わたしたちを

 恐れさせたような 荒野でないことを

 知ったように思う。

 

 

須賀敦子「コルシア書店の仲間たち」

 

 

 

・ ・ ・ 

 

 

 

ご覧いただき

どうも ありがとうございます

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

 

庭を眺めて、ぼぉっとする。。

 

 

 

スポンサーリンク